「詩吟に役立っている私の歴史エピソード」 沢田千鶴香(房詠)さんへのインタビュー記事☆

(房詠)会員さんが執念で見つけてくれた47年前の私の声です。

まさか第一話のいっちばん最初のハガキを読むシーンを懐かしく聞けるなんて!

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銀河テレビ小説 黄色い涙

(房詠)高校二年の時の出演です。中二から研究生となった私の九州訛りを標準語にしていくレッスンは大変でした。

演技をすることよりもレッスンで朗読の楽しさを感じることが出来るようになった頃で、オーディションは、冒頭のハガキを読むシーンのため

そのハガキの内容を読まされたと記憶しております。

※プロフィール:沢田千鶴香(房詠)さん。福岡県生まれ。

現在は、鷺伸吟詠会東尾張支部、副支部講師、犬山と名古屋二ヶ所での教室の講師(上師範)をされています。

 

(房詠)これも会員さんが執念(笑)で見つけてくれたんです。

確かに江田千鶴香だわ(笑) 1話はその最初の声だけの出演だから、劇団の名称だけが放映されてますね🎵

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【村岡康子】役 江田(旧姓)千鶴香

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黄色い涙 プロローグ

劇団名称:名古屋タレント ビューロ、巣山プロ

(房詠)劇団の巣山先生も亡くなって二代目か三代目か?出演者もスタッフさんも何人か亡くなって・・・岸部シローさんが亡くなった段階で、恥ずかしくて挫折感、コンプレックス・・触れたくない! 幸い、フィルムの上乗せ使い回しで現存しないので、再放送はあり得ないから忘れ去られていく!

←こんな気持ちから記憶蘇らせて、少し振り返りたくなってきたんですね!

詩吟に役立っている歴史でもあるのですからね(笑)

(房詠)方言は好きですが、役者を目指す者が絶対に通らないとならないのは標準語のレッスン。

このレッスンでは、笑い者(プロダクションの巣山社長自らに)扱いされたこともありましたからね(苦笑)

家に適当にしまってあったんですが、紙も虫喰うし劣化しますから、ビニールに入れて保存してあります。

撮影スケジュール表とかも出てきました。

 

※LINEを使って、沢田千鶴香さん(ハンドル名:さわやん)と、今回のエピソードについてお話していると

これはネット吟詠仲間の皆さんにもご紹介したいと思い、ご本人に原稿依頼しましたが・・・

ご本人は、演劇出身を自慢したくなることでもなく、その経験が詩吟の道にどこから方向が向いたかとか、はっきりとわかるようになり、ずっと繋がっている事実でもあるので、記事はお任せしますとのことでした。よって、このようなインタビュー形式をとらせていただきました。

最後に、彼女の会員さんが執念のように、今回のアーカイブス(記録)を探してきてくれた経緯を語ってくれました。これまた、凄いエピソードです!

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(房詠)40年前、名古屋支部(現在鷺伸吟詠会)創立20周年記念の大会にまだ入会したばかりの宮澤さん(当時50才)という男性が合吟で参加されました。
その後病気治療で愛知から鈴鹿へ引っ越しされ、35年程経てまた愛知へ戻ってこられました。
古い詩吟の知り合いから能楽堂公演のチケットを貰い、私が語りと詩吟をする舞台をご覧になりました。
久々に詩吟を能楽堂舞台で聞いてプログラムを見たら吟者が関西吟詩の人!

宮澤さんはまた詩吟をやりたくなって事務局に電話されたんです。
目や足が少し不自由なので、昼間で自宅から近い教場へ繋がりたいと。
そうしたら、なんと能楽堂に吟で出ていた私が講師を務める教室が紹介され、40年前の大会には知らず知らず、私の亡くなった父も、また母も一緒に舞台に立っていたということを
遺されていた古いプログラムで知ることとなり、宮澤さんの再入会は奇跡の出会いと仰るんです。
それで、私がチョコチョコと昔の演劇かじってた話などすることで、執念でNHKライブラリーに電話したり、探してくれたりしたものが【アレ】なんです。

 

※さわやん、どうもありがとう!

これからも、どうぞ詩吟大好き人間として、詩吟普及活動に邁進してくださいますよう宜しくお願いいたします(shioyan)